CFOメッセージ

■ 前中期経営計画(2022~2024年度)の振り返り
前中期経営計画「DANTOTSU Value –Together, to “The Next” for sustainable growth」(以下、前中計)の3年間は、中国を除いた建設・鉱山機械の需要が3期連続で減少するという大変厳しい環境でした。しかし、インフレに伴う各国の政策金利引き上げによる円安の進行や、コストアップを吸収すべく販売価格の改善を強力に推進したことにより、売上高・営業利益は3期連続で過去最高を更新することができました(図1・2)。
前中計の3年間を、①販売価格の改善、②固定費のコントロール、③鉱山機械売上げの拡大という3つのトピックスからご説明します。


(1)販売価格の改善
前中計は、パンデミックからの経済回復およびウクライナ情勢を背景とした世界的なサプライチェーンの混乱や、資材価格・物流コストの大幅な上昇で初年度が始まりました。コマツはこの資材価格などの高騰を受けて本格的に販売価格の改善を進め、2022年度後半からは販売価格改善分が原価および固定費の上昇分を上回るようになりました。2023年度第4四半期には、2021年度からの累計損益において、販売価格の増加分が原価・固定費の増加分を初めて上回りました(図3)。
2023年度からは、各地域の所在地・仕向地別連結損益を見える化し、同条件下で比較可能とすることで、グループ各社の販売価格改善のインセンティブをより一層働かせることとしました。従来は、会社ごとの損益管理が中心でしたが、グループ会社間の移転価格次第で個別会社の損益が大きく変動するというデメリットがあり、これを克服するために本制度を導入しました。加えて、2024年度からはグループ会社トップの報酬を各地域の連結業績と連動させることで、販売価格の改善を更に徹底してきました。

(2)固定費のコントロール
2017~2021年度にかけては、さまざまな事業環境の変化や売上げの増減があったものの、コマツは「成長とコストの分離」という基本方針に則り、売上げ増加の局面であっても構造改革・効率化などにより固定費を横ばいでコントロールしてきました(図4)。
しかし、前中計期間においては、世界的なインフレを背景とした人件費や経費の増加が急速に進行したことに加え、カーボンニュートラルに向けた電動化開発や自動化開発など、戦略投資を重点的に実施したことにより、構造改革や経費節減は継続したものの固定費が増加しました。毎年の固定費水準を決定する際には、インフレなどの外部環境や投資に対する費用対効果の確認はもちろん、損益分岐点と限界利益率を継続的にチェックしながら慎重に判断しています。
(3)鉱山機械売上げの拡大
前中計期間においては、建設・鉱山機械の需要は減少する一方、鉱物・資源価格の高騰に支えられたこともあり、鉱山機械の売上高構成比が、コマツの歴史上初めて建設機械・車両部門の50%以上を占めるなど、大きく伸長しました(図5)。
鉱山機械は長時間の連続稼働で使用される現場も多く、売上げに占める部品・サービスの構成比が3分の2程度を占めているため、安定した販売量と高い収益性を確保できています。これにより、新車の需要変動に左右されにくい収益構造の実現と資本コストの低減を図っています。
■ 新中期経営計画(2025~2027年度)の経営目標と企業価値向上活動
ここからは新中期経営計画「Driving value with ambition 価値創造への挑戦」(以下、新中計)の経営目標と、企業価値向上に向けた各種活動の結びつきについてご説明します(図6)。
コマツでは、PBR(Price book-value ratio:株価純資産倍率)をPER(Price earnings ratio:株価収益率)とROE(Return on equity:自己資本利益率)に分解したうえで、さらに、PERの構成要素である①資本コストと②キャッシュ・フロー期待成長率、ROEの構成要素である③純利益率、④総資産回転率、⑤財務レバレッジまでブレイクダウンして管理しています。各項目について競合他社と水準を比較し、PBR向上のために実施すべき活動を行っています。
一方、新中計では財務目標として「成長性」「収益性」「効率性」「リテールファイナンス事業」「株主還元」の5項目を掲げています。「成長性」は前述の②キャッシュフロー期待成長率、「収益性」は③純利益率、「効率性」は④総資産回転率、「リテールファイナンス事業」は③純利益率と⑤財務レバレッジ、そして「株主還元」は①資本コストと⑤財務レバレッジと密接に結びついており、すべての経営目標が企業価値向上活動でカバーされています。
経営目標 非財務部分
(1)成長性
前中計と同様に“業界水準を超える成長率”を目標に掲げています。経営層にはアグレッシブかつチャレンジングな目標ですが、オーガニックグロースに加えてM&Aも戦略的に実施し成長していくという我々の強い意志を込めています。成長を加速させるため、成長分野における研究開発投資、設備投資、M&Aに重点的に経営資源を配分しています。
コマツは、M&Aを事業ポートフォリオの将来像を実現するための重要な手段の一つと位置付けて積極的に活用してきました。現在では連結売上高の約30%がこれまでに実施してきたM&Aによるものです(図7)。現時点でのM&Aの重点分野は「ソリューション」「坑内掘りハードロック事業」「林業機械事業」および「電動化を含むコンポーネント」などです(図8)。
M&A後の統合においては、相互理解を深めながら、コマツの経営管理方式に転換していくとともに、被買収会社のEVA®(Economic value added:経済的付加価値、税引後営業利益 - 資本コスト)創出状況、および連結業績へのシナジー効果を確認し、企業価値向上への貢献度を定期的にモニタリングしています。
研究開発投資においては、コマツは、2030年CO2排出量半減(2010年比)、2050年カーボンニュートラル(チャレンジ目標)を経営目標として掲げています。その実現に向けて、新中計期間では建設・鉱山機械のより高度な自動化・遠隔操作化や、電動化をはじめとした多様な動力源への対応など、将来に向けての開発を更に加速させていきます(図9)。
これらの重要投資案件については、通常の固定費管理を適用して圧縮すると将来の成長が大きく阻害されるリスクがあるため、中期経営計画案件として別管理し、予算を重点配分しています。新中計ではこの中期経営計画案件を拡大しイノベーションを更に創出することで、お客さまに提供する価値を最大化し、キャッシュフロー期待成長率を一層向上させていきます。
(2)収益性
収益性については、前中計で掲げた「業界トップレベルの営業利益率」という目標に加え、収益を確保し成長投資を継続するため、新たにフリー・キャッシュ・フロー(以下、FCF)を3年間で累計1兆円創出するという数値目標を設定しました(M&A関連の支出を除く)。FCF改善については、次の「効率性」と密接に関係しているため、後ほど詳述します。
収益性向上には、当社で「SVM(Standard variable margin)管理(2002年導入)」と呼んでいる直接原価計算の手法が大きな役割を果たしています。このSVM管理により、変動費と固定費(CC:Capacity cost)の定義をグローバルに統一させ、世界各地の採算比較を可能とし、各生産拠点で同じ仕様・品質の製品を生産する「グローバルクロスソース体制」のベースとしています。また、利益率を達成するための固定費の目標水準がわかりやすくなり、売上げの増減に対する早期のアクションが可能となりました。
社員の約7割が日本以外で働いており、海外現地法人トップも現地のナショナル社員が増加しているなか、多様な国籍や経理職種以外の社員も直観的に理解できるよう、管理指標は可能な限りシンプルなものに統一し、販売価格の改善、原価低減の推進、固定費管理の徹底を図っています。
(3)効率性
新中計では収益性、資産効率、財務レバレッジをカバーする総合指標であるROEを引き続き採用しています。当社のグローバル水準での株主資本コストは8%程度と想定しており、これを上回るROE10%以上を経営目標とし、エクイティスプレッド(ROE - 株主資本コスト)の拡大に向けてROEの向上と株主資本コスト低減の両方に取り組んでいます。
一方で、ROEをグループ各社共通の管理指標とすると、そもそもの業種や各国の規制の違いなどにより資本レベルに差が出るため、不公平が生じます。また、建設機械・車両事業は需要の変動幅が大きい事業のため、売掛金や棚卸資産の管理が非常に重要です。
そこで2017年度から、ROIC(投下資本利益率)を従前からの収益性管理であるSVM管理の補完として社内管理に導入しました。ROIC計算式を「営業利益」/「運転資本 + 有形固定資産」(投下資本の使途)と定義し、グループ各社における収益性や資産効率性の問題点や改善度合いをタイムリーに把握できるようにしました。グループ会社のROIC推移を月次モニタリングしていましたが、ROICは収益のインパクトが非常に大きく、収益が改善すれば資産効率が悪化しても数値が改善するという点と、「比率」表示のため事業部門が直接的に改善を感じられないという点がデメリットであり、改善に直結させることが難しいという面もありました。
そのため、2023年度からは連結ROICの更なる向上を目的とし、グループ各社の管理指標としてFCFを導入しました。これは各社が、資産効率の良し悪しを、率よりも金額の多寡で実感できるようにすることが目的です。通常のキャッシュフロー計算書に工夫を加え、FCF創出の源泉を①利益、②運転資本、③固定資産(減価償却費 - 投資額)、④M&Aの4つに分解し、ダイレクトに改善すべき「要素」と「絶対額」を明確にして対応に着手しつつ将来キャッシュフローを最大化し、経営目標である3年間で1兆円のFCF創出を目指していきます(図10)。
また、各地域の責任者に対しては、FCFと利益の軸で各社の立ち位置を四象限に示すことで緊張感を持ってもらい、キャッシュフロー創出にドライブをかけています(図11)。なお、2024年度は過去最高となる3,065億円のFCFを創出しました。
(4)リテールファイナンス事業
コマツでは、リテールファイナンス事業を建設・鉱山機械の重要な販売促進ツールとして位置付けています。当社の強みであるKomtrax(機械稼働管理システム)を活用して債権の保全に努めながら、戦略上重要な地域での事業を順次拡大してきました。前中計期間では、北欧・アフリカなどでカバレッジを拡大し、資産規模がこの3年間で1.4倍に増加するとともに、ROA1.5-2.0%、ネットD/Eレシオ5倍以下という経営目標を達成しました(図12)。
リテールファイナンス事業はほかのセグメントと比較して利益率が高く、金融という特性上、ネットD/Eレシオが建設機械・車両事業より高い水準で推移します。これは純利益率向上と財務レバレッジ拡大の2つの点でROEを改善し、企業価値向上につながることを意味します。
また、リテールファイナンス事業は平均約4年間にわたるファイナンス期間を通じて、安定的な金利収入を確保することが可能です。これは利益を平準化し需要変動に左右されにくい収益構造を実現できるという点で、部品・サービスと同様の効果を持っています。
従来は健全性に軸足を置き、リテールファイナンス事業のネットD/Eレシオの目標を5倍以下に設定していましたが、新中期経営計画では更にリテールファイナンス事業を拡大していくポリシーであること、加えて当社がリスク管理の知見・ノウハウを蓄積してきたことに鑑み、ネットD/Eレシオの目標を6倍以下へ引き上げました。今後も健全性をモニタリングしながらリテールファイナンス事業を拡大していきます。
(5)株主還元
営業キャッシュフロー(CF)のアロケーションについて、過去4回の中計期間(2013~2015年度、2016~2018年度、2019~2021年度、2022~2024年度)を振り返ると、営業CFの約半分を設備投資に振り向け、企業価値向上の推進力としてきました。また、株主還元についても中計を経るごとに大きく拡大し、前中計期間では2013~2015年度中計の約3倍の規模に達しています(図13)。
創出した営業CFは、従来からの方針に基づき①設備投資(成長投資)、②株主還元、③バランスシート改善(将来のM&Aへの備え)という3つの資金使途に配分します(図14)。
安定的な株主還元を継続していくためには成長投資が最も重要だと考えており、今後も営業CFの約50%を設備投資に充当するとともに、常に将来のM&Aに備えておく方針です。
一方、株主還元に関しては連結配当性向を引き続き40%以上として安定的な配当を継続するとともに、財務の健全性、株主資本比率などを総合的に勘案して自己株式の取得を適時に実施するという目標を新しく設定しました。
自己株式の取得については、バランスを欠いた継続性のない判断にならないよう取締役会で十分に議論し、実施検討のための基準を定めています(図15)。格付け、株主資本比率という2つの必達基準と、補足基準としてROE、連結FCF、ネットキャッシュ、配当性向、PERを設けており、2025年度も当該基準の充足状況などを総合的に勘案し、2024年度に引き続き1,000億円を上限とした自己株式取得を実施しています(図16)。
IR活動においては、株主の皆さまの地域構成に応じて日本・北米・欧州を中心に幅広く活動を展開しています。毎年トップマネジメントが100近くの海外機関投資家と直接対話の場を設け、コマツの現状や成長戦略について説明してきました。直近では中東やアジア地域にも注力しており、今後も株主・投資家をはじめとしたステークホルダーに公平かつタイムリーな情報開示を行い、企業価値の向上を目指していきます。
なお、前中計までは財務健全性を経営目標としていましたが、既に安定した財務基盤を構築し健全性は十分に担保されていると判断し、ネットD/Eレシオは経営目標から外しています。
■ 企業価値の検証
(1)企業価値のモニタリング
コマツでは、「企業価値」の向上を、2 つの観点から定期的に検証しています。1 つは投下資本にフォーカスした「株式時価総額とネット有利子負債の合計額」、もう 1 つは ROIC と WACC の差額にフォーカスした「EVA® の累計」です。いずれにおいても中長期的に大きく向上していることが確認できています(図 17)。
(2)非財務インパクトの定量化
非財務のインパクトを定量的に可視化する動きが広がりを見せるなか、当社においても、IFVIが主導する「インパクト加重会計*」を用いて、前中計の重点活動であるAHS(鉱山向け無人ダンプトラック運行システム)のグローバルでの社会インパクトの金額算出に取り組みました。金額算出においては、前身にあたるハーバード・ビジネス・スクールが提唱したフレームワークも参照しています。全世界で1年間にAHSが生み出す社会インパクトは約3,600億円と算出され、コマツの取り組みが、労働力不足の解消や事故リスクの低減など、大きな正のインパクトをもたらしていることが確認されました(図18)。次年度以降も、中計に謳っている社会課題解決に向けた重点活動を選定し、インパクトを算定する取り組みを継続していく予定です。
このように非財務インパクトの見える化を進めることで社会課題の解決にドライブをかけ、将来的な企業価値向上につなげていくことも、経理・財務部門の新しい役割と捉えています。